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私の読書日記

読んだ本や本に関する日記

泥流地帯

 三浦綾子の「泥流地帯」「続・泥流地帯」を読みました。

 

三浦綾子は「塩狩峠」をむか~し読んだ記憶がありますが、あまり内容も覚えていない。かなり評価が高いイメージがありましたが、なぜだが記憶がなく、自分の中でそこまで心に楔を打ち付けるような作品ではなかったな~という印象。一方で、今回読んだ「泥流地帯」は一気に読みました。面白かったと言っていいのか微妙なところですが、登場人物たちのその後をどんどん見たくなる作品でした。

 

時は大正末期。北海道の十勝岳の山裾の部落に住む主人公たちは、貧しくも逞しく暮らしていたが、そこにはお金・恋愛・仕事、そして十勝岳の噴火により様々な困難に立ち向かわなければならないことになる。その中で、真面目な人間が不遇な目に合うことの意味を、生きる意味を問う人生訓にも似た小説です。

 

後半、聖書からの引用があり、その中で勧善懲悪になぜこの世の中はならないのか?と疑問にもつシーンがあるのですが、そもそも世の中勧善懲悪になると思っていること自体が間違いで、物事は事実そうなっているにすぎない。悪い人が悪い目に合うとか合わないとか、良いことをすれば良いことが起きるなんて言う因果関係はない。という至極真っ当なことが書かれていて、思わず驚きました。勝手な人間の望みなだけで、そうなる理由はどこにもないというこの事実に気づいてしまい、頭を殴られたような思いです。

 

ただただ生きる。それこそが人生。良いとか悪いとか気にせずに。なんかちょっと救われました。

 

 

泥流地帯 (新潮文庫)

泥流地帯 (新潮文庫)

 

 

人魚の眠る家

 久しぶりに東野圭吾の本を読んだ。「人魚の眠る家」だ。

 

不慮の事故で娘が植物状態になる。脳死と判断されれば事実上の死に近い。ドナーとして移植をさせ、ほかの子の命を救える可能性もあるが、実の我が子はただ寝ているように感じ、いつか起きるのでは?と淡い期待を抱かずにはいられない・・・

 

親の様々な葛藤が綴られていて、読んでいてとても苦しい気持ちになった。自分の子供が同じようになったら果たして自分はどのような選択を選ぶだろうか?そして、その時子供はこの選択にどう感じるだろうか?もしもこの問いに答えが明確にあるのであれば、ここまで悲しくもがき、苦しむことはないのだと思う。だけど、あらゆる意見と個人を尊重する現代社会において、この自由さが逆に大きなプレッシャーとなってのしかかるのもまた事実であると思う。

 

東野圭吾はミステリー作家だと思ってたら、全くミステリーではないし、むしろ考えさせられる問題提起作というかこういうのはジャンルが分からない、ドラマ?ヒューマン?とでもいえばよいのか?いずれにせよこれはこれで読ませてくるわけだから、東野圭吾に感服せずにはいられない。でもなんだろう。つらかった。

 

 

人魚の眠る家

人魚の眠る家

 

 

官僚たちの夏

 城山三郎の本を何か読みたくて本屋に行ったら、この本を見つけたので購入。タイトルになんか見覚えがあったけど、ドラマ化とかしていなかったっけ?調べればいいけど面倒なのでせず。

 

高度経済成長時代の官僚を描いた小説。お役人というと堅いイメージがあるけど、型破りで日本の未来のために奔走する主人公風越を主役に物語が進み、思っていたイメージと異なって驚いた。ただ、精神論で物事が進んでいる気も節々に感じて、それはどーなんだろ。と感じるところも。こういうことを述べると根性が!とか言われるだろうけど、それが釈然としなくてどーにもこうにも。ここに出てくる片山という人物に一番肩入れしてしまった自分がここにいた。

 

時は流れ現代。政治のほうでも働き方改革に乗り出している。仕事の価値観が徐々に変わりつつある。もしかしたら今まで高度経済成長の呪縛に囚われていたのかもしれない。

 

官僚たちの夏 (新潮文庫)

官僚たちの夏 (新潮文庫)